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広島地方裁判所 昭和44年(わ)71号 判決 1973年3月29日

本籍

大阪府茨木市西河原一丁目四一一番地

住居

呉市堺川通四丁目八番地

医師

木村繁

大正四年八月一九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官平山勝信出席のうえ審理して次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役四月および罰金四〇〇万円に処する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、広島県呉市堺川通四丁目八番地に木村眼科病院を設けて医業を営む医師であるが、同病院の経理を担当する自已の妻杏子と共謀のうえ、自已の所得税を免れる目的をもつて、自由診療収入の一部、コンタクトレンズ売上の全部等の収入を簿外とし、架空の仕入、経費を公表帳簿に計上する等の不正手段を講じ、

第一、昭和四〇年度の所得金額は二、六八三万六、九三二円であつたのにかかわらず、昭和四一年三月一二日所轄呉税務署長に対し、同年度の所得金額が一、〇四一万四、九五三円、これに対する所得金額が二八五万一、〇五〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて右事業年度の正規の所得税額一、二一六万六、〇二〇円と右申告税額との差額九三一万四、九七〇円を逋脱した。

第二、昭和四一年度の所得金額は二、五五一万三、二六五円であつたのにかかわらず、昭和四二年三月一四日所轄呉税務署長に対し、同年度の所得金額が八五七万七、四八二円、これに対する所得税額が一九一万三、〇三〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて右事業年度の正規の所得税額一、一三五万六、六一〇円と右申告税額との差額九四四万三、五八〇円を逋脱したものである。

(判示各事業年度の所得の確定の内容は、別表第一、第二の修正損益計算書記載の、課税総所得金額および税額の計算内容は別表第三の税額計算書記載のとおりである。)

(証拠の標目)

判示冒頭の事実につき

一、野吹敏子の大蔵事務官に対する昭和四三年六月二一日付質問てん末書

一、吉原敏人の大蔵事務官に対する質問てん末書

一、長橋直哉の大蔵事務官に対する質問てん末書

判示全部の事実につき

一、被告人の

(一)  当公判廷における供述

(二)  第一三回公判調書中の供述部分

(三)  検察官に対する各供述調書

(四)  大蔵事務官に対する各質問てん末書

一、証人木村杏子の

(一)  第六回ないし第一〇回公判調書中の各供述部分

(二)  検察官に対する各供述調書(昭和四四年一月二七日、同年二月一日、六日付)

一、第九回公判調書中の証人河合健造の供述部分

一、第一一回公判調書中の証人神垣ツヤ子の供述部分

一、野吹敦子の昭和三年二月二二日付大蔵事務官に対する質問てん末書

判示第一、第二の事実につき

一、第三回公判調書中の証人高橋正美の供述部分

一、中島真喜の検察官に対する供述調書

一、秋田清作成の上申書

一、柳井健三(二通)、鈴木恵三、岡部静美(二通)、長橋直哉、田中恭一(謄本)、杉本一男、道下和民、安間祐一郎、永山忠則、武市一夫、下楠正美、後夷貞吉、富永豊、小田高雄、森秀男、長崎労働基準監督署長および今井広作成の各証明書

一、長谷川亘作成の「木村繁殿に対する診療報酬の支払証明について」と題する書面

一、鈴江勝寿作成の「診療報酬支払確定額支払について(回答)」と題する書面

一、山成与志作成の「徴収カード謄本送付について」と題する書面(徴収カード四通付)

一、押収してある売上票綴一綴(昭和四四年押第九九号の三二)、青色申告者書類綴一綴(同押号の三五)、給料明細綴一綴(同押号の四〇)、決算書控綴一綴(同押号の四一)および売掛帳一綴(同押号の四二)

判示第一の事実につき

一、高橋英夫、阿部源蔵作成の各証明書

一、検察事務官作成の得意先元帳と題する書面(謄本)

一、押収してある家計簿一冊(昭和四四年押第九九号の二)、総勘定元帳一綴(同押号の四)、営業費内訳帳一冊(同押号の五)、昭和四〇年分の所得税の確定申告書および四〇年分所得税の予定納税額の通知書控各一枚(同押号の三六)、病院日誌一冊(同押号の三八)および上申書二通(同押号の一一三、一一四号)

一、押収してある請求書、領収書綴一二綴(同押番の七ないし一八)

一、押収してあるプログラム一冊(同押号の一一二)

判示第二の事実につき

一、安井謙作成の「木村眼科病院に係る診療報酬支払額の証明について」と題する書面(謄本)

一、梅川文男、辰已佐太郎、加藤武徳、星出寿雄および角市左衛門作成の各証明書

一、押収してある家計簿一冊(昭和四四年押第九九号の一)、総勘定元帳一綴(同押号の三)、営業費内訳帳一冊(同押号の六)、昭和四一年分の所得税の確定申告書および四一年分所得税の予定納税額の通知書控各一枚(同押号の三七)、病院日誌一冊(同押号の三九)、昭和四一年度経費計算と題する書面一綴(同押号の一一六)および集計表一綴(同押号の一一七)

一、押収してある領収書綴一三綴(同押号の一九ないし三一)、売上票綴二綴(同押号の三三、三四)

一、押収してある領収証一二枚(同押号の四四ないし四六、四九、五一ないし五八)および貨物原票一枚(同押号の四七)

(昭和四一年度支出にかかる簿外経費について)

弁護人は右支出の証拠として領収証等の証拠物を提出しているところ、第一六回公判調書中の証人児玉光昭の供述部分によれば、右年度の収支の検討にあたつた同人は、まず公表帳簿たる総勘定元帳(昭和四四年押第九九号の三)および営業費内訳帳(同押号の六)と裏帳簿たる家計簿(同押号の一)の記載をそれぞれ対比し、領収証を加味したうえで、架空ないし簿外の支出を認定したことが認められるが、第一〇回公判調書中の証人木村杏子の供述部分を合せ考えると右の帳簿に記載がなく、且つ、領収証の存する支出については、簿外支出として検討されなかつたものと推認されるので、押収してある領収証一二枚(同押号の四四ないし四六、四九、五一ないし五八)および貨物原票一枚(同押号の四七)にかかる支出は簿外支出であつて、且つ、必要経費であると認める。

(雑収入について)

検察官は本件各事業年度とも雑収人を計上しているところ、押収してある、昭和四〇年度、昭和四一年度各総勘定元帳(昭和四四年押第九九号の三、四)、同じく家計簿二冊(同押号の一、二)および第六回公判調書中の証人木村杏子の供述部分を総合すると、右雑収入は患者使用分のガス代、電気代等と認められるが、右総勘定元帳および家計簿とを対照すれば、雑収入とすべき収入は各家計簿に記帳されていることがうかがわれるので、家計簿によつて収入金額を算定するときは、雑収入金額を把握できるので、これと別個に雑収入金額を計上しないこととする。

(青色申告承認取消の遡及効と逋脱税額の増減)

所得税法一五〇条は、居住者に一定の事由のある場合、所轄税務署長は当該事由のある年にまで遡つて青色申告承認を取消すことができると規定している。しかしながら右承認取消によつて経費計上が否認され(本件においては青色専従者給与と事業専従者給与との差額)た結果増加した税額が逋脱税額を構成すると考えるべきではない。すなわち青色申告承認を受けた居住者は、その取消を受けるまでは適法に青色専従者給与などを経費として計上できたものであり、右取消に遡及効が認められているのは単に徴税上の問題にすぎないとみるべきであつて、一且適法とされた行為が、その後の処分により、遡つて刑事罰の対象となる違法な行為となるとするのは相当でないと考えるからである。

被告人は昭和三七年より青色申告の承認を受け、本件確定申告書提出以後、本件所得年度に遡つて右承認の取消を受けたものであるが、叙上の理由によつて、増加した税額は逋脱金額に算入しないこととする。

(自由診療収入について)

押収してある家計簿二冊(昭和四四年押第九九号の一、二)、第六回公判調書中の証人木村杏子の供述部分によれば、昭和四〇年度の自由診療収入額は九八万九、三六二円、昭和四一年度のそれは一〇六万九、八三〇円と認められるところ、第七回、第八回公判調書中の右同証人の各供述部分によれば、右自由診療収入のうち後日保険診養に切り習えた患者については、その差額を払い戻していたことが認められる。そして本件起訴にかかる年度の右払戻額についての証拠は存しないが、被告人の当公判廷における供述、押収してある領収証綴四綴(昭和四四年押第九九号の一一八ないし一二一)によれば、昭和四三年度から昭和四六年までの、右払戻額の自由診療に対する割合は各年度平均一二、七%であると認められ、また右割合は本件年度も同様であつたと(少くともそれ以下ではないと)推認できるから、前記自由診療収入権のうち、右比率によつて計算した昭和四〇年度については一二万五、六四九円、昭和四一年度については一三万五、八六八円を収入額より差し引くこととする。

(被告人の逋脱犯としての責任について)

被告人らは本件逋脱行為はその妻杏子のみによつてなされ被告人は無関係であると主張するのでこの点について考察する。

前掲証拠を総合すれば、

(一)  被告人は昭和二三年頃から医院を開業し、昭和三七年には病院組織に改めて営業を続けてきたものであり、自らの診療で収入をあげていること

(二)  本件脱税の発端となつたのは、昭和三七年に病院を新築した際に借入金ができたことから収入を増やす必要にせまられたものであること

(三)  被告人の収益の管理にあたつていたのは被告人の妻であるが、被告人は、病院の経営者としてその収益の管理を妻に委ねていたものであること

(四)  被告人は医療機械を注文し、薬品、消耗品の購入について看護婦や事務員に直接指示を与え、また、自らこれをなすこともあつたこと

(五)  銀行の勧誘員より新期定期預金開設の依頼を受け、これに承諾を与えたことがあり、また偽名預金があることは認識しており、自已の財産や所得がおよそいくら位あるかについても妻より聞かされて知つていたこと

(六)  前記の如く、コンタクトレンズの売上げはすべて簿外とされており、その額は、第六回公判調書中の証人木村杏子の供述部分および押収してある家計簿二冊(昭和四四年押第九九号の一二)によれば、本件各年度ともおよそ三〇〇万円にものぼるところ、被告人は、本件事業年度中コンタクトレンズが偽名で仕入れられておりそれが税金逋脱の目的でなされていることを認識していたこと

(七)  確定申告時には税理士事務員や妻より決算書の内容、税額などを聞かされ、これを他の同業者の申告状況と比較していること、しかも前認定のとおり本件事業年度における実際の収入金額は申告にかかるそれのおよそ三倍弱という大差のあるものであつたこと

(八)  昭和三〇年ごろおよび昭和三七年に青色申告承認申請がなされたのは、いずれも、被告人の意思にもとづくものであること等の事実が認められ、以上の事実からすれば被告人が自已の収益の管理運用に全く無関心であつてこれに関与していなかつたとは到底認め難いところであり、前述の被告人の営業の規模、形態、本件脱税に及んだ経緯その規模等を加味して勘案すれば、なるほど現実の逋脱行為自体は妻杏子によつてなされたものではあるが、逋脱の意思の連絡は被告人と妻杏子の間に存したものと認定せざるをえないのである。(その正確な数額について被告人が認識していたとは認められないが、逋脱犯の成立に関しては具体的逋脱行為および逋脱規模の概要を認識すれば足るのであつて、本件において、被告人が右認識を有していたことは、また認めるに充分である。)

弁護人は、被告人の社会保険診療報酬収入の源泉徴収税率につき、租税特別措置法二七条所定の率が適用されている以上、所得金額の計算上必要経費として算入される金額については、同法二六条一項の適用があるべきであると主張する。

しかしながら、右両法条はその趣旨目的を異にし、同法二六条は、必要経費の算入につき納税者に自已に有利な方式を選択する途を与えたものであるのに、同法二七条は、納税者の意思にかかわらず一律に適用をみるものである。

そして被告人の本件年度における各確定申告書に、同法二六条一項の規定により事業所得の計算をした旨の記載がないことは、押収してある昭和四〇年度確定申告書(昭和四四年押第九九号の三六)および昭和四一年度確定申告書(同押号の三七)により明らかであるから、同条二項により同条一項の適用の余地はないものといわなければならない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項前段、刑法六〇条に該当するので所定刑中併科刑を選択することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算した金額の範囲内で被告人を罰金四〇〇万円に処し、右罰金を完納しないときは同法一八条により金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原吉備彦 裁判官 雑賀飛龍 裁判官 広田聡)

別表第一

修正損益計算書

自昭和40年1月1日 至昭和40年12月31

<省略>

<省略>

修正損益計算書

自昭和40年1月1日 至昭和40年12月31日

<省略>

修正損益計算書

自昭和41年1月1日 至昭和41年12月31日

<省略>

<省略>

修正損益計算書

自昭和41年1月1日 至昭和41年12月31日

<省略>

別表第三

税額計算書

<省略>

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